i_amaiの雑記

お金稼ぎが目的の、クソつまんないブログです

辛い

大型連休中、自宅に缶詰で仕事してたら辛くなってきた。

まあだいたいこういう大型連休って、宿題なんかほっぽり出したままだらけきって過ごして、休み明けが近づいてくると宿題のこと思い出して「あー仕事行きたくねえ」ってなって辛くなるものだ。以前の私はそうだった。

そういう辛さとはベクトルが違う。私は連休中ずっと宿題のことばかり考えている。そして、それでもなおその宿題はまったく終わりそうにない。

そもそもなんで私はこんなことしてるんだ?

決まってる、「連休明けまでに今作ってる社内用業務アプリの大枠を完成させます」、そう約束してしまったからだ。

先月頭に部署を転属になったのだが、転属先の部署で当初の予想より仕事を振られまくって、業務中にそのアプリの開発がほとんどできなかった。それで持ち帰ってこうして自ら宿題を課して、缶詰めになっている。

もう無理!疲れた!と駆け込むようにネットサーフィンしていたら、下の記事が目に留まった。

tech.tabechoku.com

ほとんど小見出ししか読んでないが、今の私にぐさぐさ刺さる。ごめんなさいと言う他ない。


私はタスク管理ができない。より正確には、ちょっと無理めなタスクを自分に設定しがちなところがある。

ここ2年ほど、そういう生活を続けていた。ふつうに仕事しているだけではこなせないような業務タスクを、プライベートを使って消化していた。

ただ任された仕事をしているだけという状況が不安だった。この日記で何度か言及しているように、私は本職のエンジニアではなく工場の組立作業員であり、いつ仕事が機械に奪われるか分からない。それでプログラミングの勉強を始めた。

身の回りの作業が自分の作ったプログラムで自動化されたり見える化されるにつれ、上司は私を当てにするようになった。悪い気はしなかった。その期待に応えなければと思った。幸いやるべきことは多かった。私はどんどんタスクを自らに課して、それをこなしていった。

なんか違うなと思ったのはつい最近だ。

自動化だったり見える化だったりするプログラムは、ほとんどすべてプライベートで拵えたものだった。そうして作業の効率化が進めば、余った時間でもっと複雑なプログラムを書く時間が得られる。そう思っていたのだ。

しかし実際はそうはならなかった。定年だったり正社員になりたくてもなれないなど、色々な理由があって辞めた人員の補充を、会社が渋っているのだ。

会社の業績は思わしくなかった。辞めてしまったベテランでパートのおばちゃんがこなしていた同じ作業を、課長や次長や副工場長が手順書を眺めながら2倍の時間を費やしてやるような、そんなありさまだった。

業務中の私は組立作業に追われた。課長や次長や副工場長がそう頻繁に現場に入れるはずもないので、適宜彼らのケアもしなければならなかった。

結局、作業の効率化で待っていたのは、作業だった。

そんななかでも、私はずっと、ちょっと無理をしていた。やるべきことは多かったから、それを「自分が」やるべきこととして設定し、社内で宣言した。冒頭の宿題もそれだ。

でもなんとなく、そのループが限界に差し掛かっているような、そんな気がする。

私はなんでこんな頑張ってるんだ?


もちろん、この2年間色々あった。たとえば、上司からさらなる作業の効率化を求められたとき、アラートも出したのだ。

「そう言いますけど、あのアプリもそのアプリも、全部プライベートで作ったやつですからね?それをずっとやってくのは辛いから、業務中にやらせてください」

そう言っただけでは上司がうんうん頷くだけで何一つ変わらなかったから、社内規定の書式で提案書も書いた。それが効いたのかは分からないが、この春に転属することになった。

しかし転属先で待っていたのは、やはり作業だった。そこは会社で一番売上の大きい部署で、その分課員に対する要求も厳しくて、どんどん人が辞めていて作業員が不足していた。私はその作業に追われた。

先ほどの記事に、一つだけ気になる点があるとすれば、「仕事を任せる側」の責任が曖昧になっている点だ。

アラートを出してもダメな場合はどうすればいい?せっかくタスクを管理していても、それをぶち壊すようなタスクを上から振られた場合はどうすればいい?

適切な見積もりができるかどうかは、そりゃあ個人に任される部分もあるだろうが、「適切な組織運用ができているか」がより大きな割合を占めていると思うのだ。

件の記事を読んだ世の上司たちが天狗になってしまわないことを祈るばかりだ。


私はなんでこんなに頑張っているのか?

この間転職はしないという記事を上げたばかりだけど、私は自身のへたくそなタスク管理と、上司からの要求との間に挟まれて、見かけはホワイトな企業にいながら、潰れそうになっている。

ほとんど自業自得だよな、という思いと、でも会社のせいでもあるよな、という思いがないまぜになって、誰に文句を言うこともできず、なんとなく、辛い。